今回のゲストは俳優で舞踏家の林与一さんです。
現在京都南座で催されてる「松竹上方喜劇まつり」にご出演中ということで
今年もご登場いただきます。
林さんは1942年生まれ、大阪府の出身です。
曾祖父は初代中村鴈治郎、祖父・父も歌舞伎役者という家系に生まれ、
ご自身も1958年、大阪歌舞伎座で初舞台を踏みました。
NHKの大河ドラマ「赤穂浪士」堀田隼人役で脚光を浴び、「人形佐七捕物帳」
「必殺仕掛人」など、時代劇スターとして様々な作品で活躍。
舞台では自身の座長公演の他、数多くの女性座長の相手役を務め、
特に美空ひばりさんとは黄金コンビとして人気を博しました。
舞踏家としては祖父が1951年に創始した日本舞踊「林流」の宗家でもあります。
現在は、自身の芸能人生を語る講演会やワークショップ、トークショーなどにも
積極的に取り組まれています。
米團治とは1年ぶりの対談、大いに楽しんでいただきましょう。

今回のゲストは平安神宮 権禰宜 室川豊史さんです。
明治3年、幕末の戦乱で荒廃した京都から明治天皇が東京へ行幸。事実上の東京遷都でしたが、正式な発表はなく、京都の人々は「天皇さんはすぐに帰ってきやはる」と信じていました。
しかし、多くの公家や商家も天皇とともに東京へ去り、京都の人口は激減。
それでも京都は復興への道を歩みだします。平安神宮の創建もそのひとつです。
平安遷都1100年を機に、京都を開いた桓武天皇を祭神とする神社の創建が企画され、
明治28年4月、京都の全市民を氏子とする平安神宮が誕生。
その後、皇紀2600年にあたる昭和15年には平安京最後の天皇、
第121代孝明天皇のご神霊が合わせ祀られました。
平安神宮の大祭、時代祭りの時代行列は京都におわした最初の帝 桓武天皇と、
最後の帝 孝明天皇の神霊が京都の変遷と繁栄をご覧になるために進む
御鳳輦(ごほうれん)のお供をする祭列です。
対談では平安神宮創建から時代祭りについて、
私たちが知っているようで知らないエピソードをお聞きかせいただきましょう。

今回のゲストは噺家の桂力造さんです。
力造さんは1978年、大阪府阪南市生まれ。
2000年5月 桂ざこば師匠に入門しました。
桂ひろばの名で2000年5月 箕面メイプルホール「ざこばの会」にて初舞台。
「第1回 桂ひろば独演会」は2021年4月、天満天神繁昌亭にて。
寄席のほかにも学校やお寺、病院、老人ホームなどで積極的に落語会を行っています。
そして今年3月20日、二代目桂力造を襲名しました。
同じざこば師匠の弟子ちょうばが桂米之助、そうばが桂惣兵衛と、
三人同時襲名が話題となりました。
趣味は手品、ツーリング、一人旅という力造さん。
バイクで各地を訪問するツーリング落語会も彼のライフワークです。
対談では師匠の思い出や襲名のエピソードから名跡のお話。
また10月にも開催される三人同時襲名披露公演についても語っていただきます。
同時襲名の三人の関係や互いに切磋琢磨する意気込みなどにも迫ります。

今回のゲストは京都在住のピアニスト、竿下和美(さおした かずみ)さんです。
竿下さんは京都市立堀川音楽高校を経て、京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専修を卒業。
卒業後は国内外で積極的に活動、多くのコンクールで優秀な成績を収められました。
ソロ活動とは別にサックスとのユニットやアンサンブルピアニストとしても活躍。
「次世代の音楽家を育てること」こそ、大切な使命だとNPO法人京田辺音楽家協会理事長としてコンクールの主催、また指導者として後進の育成にも力を注いでおられます。
2023年に肺腺癌を発症、余命宣告を受けました。
それでも治療を続けながら病院、福祉施設などで同じ病気の方への希望になるなら、抗がん剤治療で苦しむ方の気持ちを少しでも軽くできるならとボランティアでのピアノコンサートを積極的に行われています。
がんと向き合いながら、音楽の力で「希望」を届ける竿下さんの活動と、強い思いをお聞かせいただきます。

今回のゲストは噺家 三代目桂文之助さんです。
桂文之助さんは1956年、神戸市生まれ。
京小学校の頃から落語に興味を持ち、桂枝雀に憧れ、高校3年生の時に弟子入りを志願。
卒業後の1975年3月に南光、雀三郎(じゃくさぶろう)につぐ三番弟子として
入門が許されました。
最初の芸名は雀松。船弁慶の「雀のお松」に由来し、大師匠の桂米朝が命名しました。
「雀の会」にて初舞台。
以降古典落語のほか、狂言師との共同制作に取り組むなど幅広く活動されています。
2013年10月6日、83年ぶりの復活となる桂文之助を正式に襲名、
サンケイホールブリーゼにて披露公演を行いました。
米團治とはほぼ同世代、二人の落語談義をぜひお楽しみください。

今回のゲストは大蔵流狂言師 茂山 竜正(しげやま たつまさ)さん、
茂山 虎真(しげやま とらまさ)さん双子のご兄弟です。
京都に根ざし、お豆腐狂言をモットーに広く親しまれる茂山家。
二人は2004年7月15日 十四世茂山千五郎の長男と次男として生まれました。
狂言の修業の道のりは、「猿に始まり、狐に終わる」といわれています。
幼少期に「靭猿(うつぼざる)」で愛くるしい猿を演じ、20歳前後で
秘曲「釣狐(つりぎつね)」に挑み、一人前の狂言師として認められるといいます。
「釣狐」を演じるのは狂言師のいわば成人式。
この9月、21歳になる二人はいよいよ「釣狐」に挑みます。
双子兄弟の同時開曲は狂言史上初だそうです。
対談では二人のへの道のりや結束の固い千五郎家の狂言師が育つ家風など
米團治が気の向くままにおしゃべりします。
若い二人が語る狂言の魅力とは。将来の目標とは。
茂山家とも親しい米團治がいかに二人の個性と向き合うか、ぜひお楽しみください。

今回のゲストはこの時期の恒例となりました京都五山送り火連合会 会長で大文字保存会 理事長の長谷川英文さんです。
今年も8月16日には京都の山々に送り火が灯ります。
その炎は帰ってきたご先祖の霊がふたたびあの世へと帰る道しるべです。
だから、雨が降ろうが風が吹こうが、絶対に火を灯す
そんな保存会の人々の思いがあの美しく、はかない炎を守ってきました。
一説には平安時代あるいは室町時代から続けられてきたといいます。
何百年も、大切な人々の霊を迎え、送る京都の人々の心に寄りそってきたのです。
送り火とは何か、先祖代々守り続けてきた長谷川さんにじっくりとお話をうかがいましょう。
保存会の人々の活動やその舞台裏もお聞きしたいと思います。
どうぞお楽しみに!

今回のゲストは 京うちわ 阿以波 十代目当主 饗庭長兵衛さんです。
阿以波は元禄2年、1689年の創業。
初代が滋賀県近江高島郡の「あいば」より京都に出て店を開いたのが始まりです。
そもそも現代では一般的にうちわはあおいで風を起こし涼をとる、そんなイメージです。
ところがうちわは顔を隠す 邪気を払う縁起物 虫はらいなど古くから各地でさまざまな
用途に用いられてきました。中でも京うちわは、宮廷で愛用された「御所うちわ」を
ルーツにした優美な趣が魅力です。
饗庭さんは「うちわ一筋、他業に手を染めず、うちわに全精魂を打ち込む」という
七代目による経営哲学を指針に、新たなうちわ文化の創造にも寄与されています。
その優美さ、涼しげな意匠で「目で涼をとる」新たな涼のかたちも提案。
対談ではうちわの歴史を紐解きながら、最高の造形的工芸品である
「京うちわ」の魅力をお聞きします。

祇園囃に心躍る、7月は京都の祭り月。
今回のゲストは祇園祭山鉾連合会 理事長 木村幾次郎さんです。
木村さんは2019年から山鉾連合会の理事長を務めておられます。
理事長就任早々コロナ禍に見舞われ、2020年の山鉾巡行を中止するという
苦渋の決断をされました。
疫病退散の祭りなのに疫病のために取りやめるのか、そんな声もありました。
それでも感染拡大は阻止しなければならない、と翌21年も巡行と宵山行事の中止を
決めました。
山鉾を建てないと技術は失われ、文化の継承も危うい。そんな危機感の中、その年は半数の山鉾が組み立てられ、居祭りが行われました。代表者が徒歩で巡行する「拝礼行列」を実施するなど、せいいっぱい「祭り」は維持されたのです。
そして22年、巡行が復活。
今年もインバウンドのお客様含め、大いににぎわうことでしょう。
祇園祭は時代とともに形は変わっても町衆の熱い思いは伝統を紡いでいきます。
2025年祇園祭にかける思いををじっくりとお聞きしましょう。

今回のゲストは四代目桂米紫さんです。
米紫さんは1974年 京都市に生まれました。
1994年、20歳の時に桂都丸、現在の四代目桂塩鯛師匠に入門、一番弟子となりました。
芸名は桂とんぼ。
一方でもともとは映画監督になりたかったという米紫さん。
KYOTO映画塾卒業という異色の経歴の持ち主です。
2007年からは劇団「仏団観音びらき」に所属。 演劇活動にも力を入れています。
映画や演劇の手法を取り入れた生々しくも愛らしい人物描写に、ざこば一門ならではの
迫力ある熱血性があいまった落語こそ桂米紫の真骨頂です。
米紫さんがめざす落語とは?とっくりとお話を聞かせていただきましょう。
