※今年度の祇園祭山鉾巡行は中止となります。その他の行事やちまき販売などについては「祇園祭山鉾連合会 公式サイト」をご覧ください。

祇園祭を学ぶ

総論山鉾建て方・巡行・曳き手囃し方粽(ちまき)長刀鉾音頭取り昔の山鉾巡行祇園祭の変遷その他番外・研修旅行

■総論

祇園祭
八坂神社のお祭りで、7月1日の吉符入りに始まり、宵山、山鉾巡行、神幸祭、花傘巡行、還幸祭等の諸祭行事を経て、7月29日の神事済奉告祭、7月31日の疫神社夏越祭で終わる約1ケ月間のお祭りである。
祇園祭の始まり
貞観11年(869年)都に疫病が流行したとき、その退散を願って始められた「祇園御霊会」が起源であるとされている。
山鉾の数
33基(前祭:23基  後祭:10基)
(曳き鉾:8基、 曳き山:3基、 傘鉾:2基、 舁き山:20基)
※貞観11年には、66本の矛(鉾)で始まった。
※平成24年には、大船鉾が唐櫃で巡行に復活した。
山鉾巡行日
7月17日(前祭・さきまつり) 7月24日(後祭・あとまつり)
※ 平成26年(2014年)48年ぶりに前祭(17日)と後祭(24日)がわかれて山鉾巡行を行うこととなった。
※ 昭和40年(1965年)までは、前祭(17日)と後祭(24日)とに行なわれていたが、昭和41年(1966年)からは、合同巡行となり17日となった。
※ 明治21年(1888年)に太陽暦(新暦)の採用により巡行日が17日(前祭)・24日(後祭)となった。
山鉾巡行コース
巡行コースは、平成26年から前祭と後祭とそれぞれ別コースで行なわれることとなった。
※前祭のコース
四条烏丸(集合場所)→(鬮渡し場)→(注連縄切り)→(八坂神社遥拝場)→ 四条河原町→河原町御池→烏丸御池→新町御池(解散場所)
解散後は、新町御池から新町通りを南下しそれぞれの町内へ戻る。
(一部の山は、新町姉小路を東行し、室町通りを経て町内へ戻る。)
※後祭のコース
烏丸御池(集合場所)→ 河原町御池 → 四条河原町 → 四条烏丸(解散場所)
鬮(くじ)取り式
巡行する山鉾の順番を鬮によって決定する儀式で現在(明治32年以降)は7月2日に京都市役所で行なわれている。
※ くじ取り式は、昔山鉾巡行の先陣争いが絶えなかったことから室町時代から行なわれたと言われている。 その後江戸時代は所司代のもとに六角堂で行なわれていた。又明治維新後は、明治31年(1898年)までは京都府庁で行なわれた。
鬮(くじ)取らずの山鉾 9基
山鉾巡行の順番は、毎年7月2日に行なわれる鬮取りにて決定するが、次の山鉾は鬮を取らない。
長刀鉾・函谷鉾・放下鉾・岩戸山・船鉾・北観音山・南観音山・橋弁慶山・大船鉾
重要有形民俗文化財指定 29基
昭和37年(1962年)5月23日に指定を受けた。
(四条傘鉾・綾傘鉾・蟷螂山の3基は除く)
鉾:7基、 曳き山:3基、 舁き山:19基
重要無形民俗文化財指定
昭和54年(1979年)2月3日に指定を受けた。
町会所のある山鉾町内(古い姿を残した町家)
7山鉾町内
霰天神山 山伏山 北観音山 南観音山 橋弁慶山 放下鉾 役行者山
※ 町会所の呼称については、「町家」か「町屋」かどちらかとの問い合わせもあるが、「祇園祭細見−山鉾編」によると全て町家となっている。ので「町家」である。
山鉾(懸装品等を含む)の保存管理
各山鉾町内所有の倉(土蔵)、倉庫にて保管管理している。
倉、倉庫を所有していない山鉾町内は、京都市の倉庫にて保管管理している。
※円山公園の倉庫 12町内
町会所の2階と倉の2階が
渡り廊下でつながっている山鉾町内
3山鉾町内
月鉾 放下鉾 北観音山
京都市指定文化財の指定
を受けている会所
・小結棚町会所(放下鉾) 会所家及び土蔵 指定日 昭和58年6月1日
・笋  町会所(孟宗山)
・天神山町会所(霰天神山)
・燈篭 町会所(保昌山)
ページのトップへ