車いすバスケットボールチーム「京都アップス」のメンバー。事故にあったのは21歳。バイクのツーリング中、横転し下半身不随に。退院後は車いす生活になり、周りの目やうまく体が動かせないことから、引きこもりがちになる。ある日、訓練場でリハビリをしていると「車いすバスケットやってみない?」と誘われる。見学した際、すごいスピードでぶつかり合う迫力に衝撃を受け入会。そこからスポーツにのめり込み、駅伝、テニス、フェンシングなど積極的に挑戦。車いすを通じて取り組む幅がどんどん広がっていった。現在は滋賀県の障害者就労継続支援B型施設で理事長として勤務しつつ、障害者理解の啓発事業として京都府の小中学校で車いすバスケットボールの体験と講話をしている。